そのまんまの僕

そのまんま、自分の気持ちに素直に本音をつづっていくブログ。

蜘蛛の糸

久しぶりの更新です。

なんとかまだ、生きています。

最近また、人生がつまらないと思うようになっています。

毎日毎日、変わりのない日々。

かといって、人生なんの意味もないと思うと、何かやる気も起きない。

不労所得だけ手に入って、好きに放浪の旅でもして暮らせれば僕はそれでいいんですけどね……。不労所得っていうのがなかなか手に入らんですがw

 

僕は今フリーターをやっています。色々と転々としてきました。就活は、自分には合わないと思ったし、化粧とか、社会の普通と言われるマナーに則ることが出来ないから、無理だなと思ったんですね。

スポーツが好きなので、ジムのインストラクターにも挑戦してみましたが、しばらくやっていて声に違和感を感じました。調べてみると……。どうやら痙攣性発声障害というものの疑いが強い。

発端はコンビニバイトをやってた時に、急にいらっしゃいませ、ありがとうございました、が言えなくなったことですね。ちょっと嫌なこともあったので、当時は精神的なものかと思っていました。

それから、発声に変な癖がついたようで、うまく声が出なくなってしまったのです。最近は家族や友達と話す時にも声が出しにくく、辛い思いをしています。

 

実は僕は、教員免許取得のために勉強しているのですが、このままじゃ授業もできないのでは……と危惧しています。どうにかして治したいですね……ボイストレーニングとかが効果的なようですが、注射が必要なこともあるようです。お金もかかるだろうし、まだ治療はできないな……。

 

今の状態でジムのインストラクターを続けるのは辛いので、違う仕事を探し始めています。上手くいくかはわかりませんが、僕が僕らしくいられる仕事をやりたいと思っています。

 

あと、今の僕は少しでもお金を増やそうと、FXを勉強しています。なかなかうまくいかないのですが、諦めずに続ければ成功できると信じています。簡単な道ではないですがね。批判もされますし。それでも愚直に続けることが大事だと思っています。 

FXで生計が立てられれば、放浪の旅の夢がぐっと近づきます。自分らしく生きることもできます。自分の夢のために頑張ろう。

それでは。

自分は何者か?

今日も鳥達(?)の声を聞きながら……気まぐれに書いていきたいと思います。

いやぁ、不定期更新になりそうですね^^; 日々の気づきを少しでも残せていけたらと思うのですが……。(しかもなんだかよくわからん日記もどきになっています)

そうそう、自分の好きなことを書こうと思っていたんですよね。自分がどんな人間だったか思い出すために。

 

さて、今日は休みだったので、髪を切りに行ってきました。

髪を切ると、気持ちが切り替えられていいですね。かなりうざったかったので、すっきりしてよかったです。

春は終わりと始まりの季節ですし、心も頭も切り替えてマイナス思考をなくしていきたいところ。

 

職場のストレスかわかりませんが、最近イライラしていることが多くて、ついつい攻撃的な言葉を使ってしまうことがあります。あっ、他人にはぶつけませんがね( ̄▽ ̄;)

自分の中で溜め込んでいてもよくないので、こうして文章にしたりして、なんとか吐き出しています。

 

思えば、ストレス発散を自分はしていないのかな?ということに気づきました。

運動したいとは思ってるのですが、なかなかする機会もなく。ジムに通ってみたいなぁとは思っているものの、時間が……。

なかなか今のままでは難しそうかなぁ(´・ω・`)

他にストレス発散の方法ってないだろうか……。

美味しいものを食べる、旅行する、漫画を読む、あとはゲームをするとか……?

ゲームは逆にストレス溜まっちゃうことありますよね(笑)なかなか上手くいかない!って。本末転倒ですね。

 

そもそもストレスを溜めないことが大切かもしれませんね……。会社がなかったら、一番いいんですよね!(爆)

働きたくないとはいっても生活のため……在宅ワークでもできれば、わざわざ外に出る必要もないのですけどね。

 

自分は性自認が曖昧という問題も抱えてるんですが、これがなかなか外で仕事するには厄介なんです。

身体の性は女であるけど、女の子らしく、という風潮が嫌いですし、そもそも所謂女の子が好むものには全く心が惹かれません。

スカートや化粧、ハイヒール……なんかは社会人のマナーと言われています。しかし僕に言わせてみればそんなのクソくらえです。

どうしてそんなものがマナーなのか……意味がわかりません。女の子だから、とかいう理由で押し付けられるのだったら女なんてやめたいと思うほどです。

一応女の子らしく……と思って化粧の練習や、スカートを履いたりヒールのある靴を履いたりしていた時期もありますが、自分には耐え難い苦痛でした。なんでこんな無理をしないといけないのだろうと思いました。(普通の女性ってすごいんですよ……)

 

今は、そういうものが強要はされない職場で働いているのですが、やはり女として見られるのは気持ち悪いですし苦痛であるのに変わりありません。

まさか自分の性が女じゃないだなんて周りに簡単に言えないですしね……なるべく見た目だけでも男の子っぽく見せようと努力しています。男の子っぽいね?って言われるとよし、ってなります。もっと女の子らしく……とか言われると反吐が出ます。

 

でも、じゃあ所謂FTMってやつなの?と言われると、これまた違うんです。男に生まれていたらこんな違和感はなかったのかもしれないけど、今から男になりたいとかそういう風には思わないんですよね。過去のトラウマから男性に対する嫌悪感を持っているからかもしれません。

なんていうか、女に見られるのが嫌だ、って感じでしょうか。でも男でもない。そういうのを性別X、Xジェンダーというそうです。

中途半端な自分は何なのだろうと思っていましたが、今のところはそれで落ち着いています。それでもいいんだ、って思えるようになるのは少し楽でしたね。

 

自分らしく生きたいだけなのにそれが難しい世の中。世の中がもっと柔軟に変わればいいと思います。固定観念なんてなくなればいい。

自分の人生のスタートライン

ちょっと日にちが空いてしまいましたが、今日も書いていきたいと思います。 

毎日夜遅くになると、うちの近所から鳥の鳴き声のような音が聞こえてきます。何なんだろう……

 

さて、これまで綴ってきたとおり、僕は空っぽです(笑)

空っぽだ、もしかしてアダルトチルドレンでは?と気づいたのは今から約1年半前くらいですね。

それ以来、僕は自分らしさを取り戻すため、なるべく自分の興味の向く方へ動いてみようと心がけています。

 

まず、考えたのが、現状のままでは僕は一生自分の人生を生きられないのではないか、ということでした。人生1度きりなのに、やりたいことをやらないでどうするんだ?と。

僕はそれまで院進学を目指していましたが、これは敷かれたレールの上を歩いているのではないか?と一度立ち止まりました。自分でも納得していた進路のはずでしたが、根底を考え出したら、揺らぎに揺らいでしまったのです。

進学するにも、やはりお金は必要ですし、こんな中途半端な気持ちでは良くない、と思いました。

そして色々と考えた結果、家族には猛反対されながらも、とりあえず社会に出て、一人で生きてみようという結論に至りました。

とにかく家族から離れなければ、僕の人生は始まらない、と考えたんですね。

アダルトチルドレンは、自分で決められない、という特徴がありますから、自分一人しかいない環境に身を置くことで、自分で決める癖がつけられると思ったのです。

 

家族というのは考えものです。自分が生まれながらにして属する組織なので、やはり安心感があるとはいえ、幼児なんかは親の庇護の下でないと生きられないという面があります。そして、ある程度年齢を経たのにも関わらず、過度な干渉があると、相互に依存してしまうことにもなりかねません。

共依存的な組織になってしまうこともあるんですね。親はなかなか子が手放せず、子の自立心も養えない。しかもそれに気づかないことが多い。(片親の家庭は特に多いでしょうね……)

家族という病、というタイトルだったか、一時期新書本が話題になっていましたが、その通りだと思います。

家族といっても、一人一人は独立した個人なのです。血の繋がりがあっても、それぞれにはそれぞれの考え方、生き方があります。

 

僕自身も、家族が嫌いなわけではないですし、むしろありがたいと思っています。

それでもやはり離れなければ、お互いのためにならないと思いました。

そうして一悶着あった末に、僕は今、一人暮らしをしています。親からの干渉もなく、かなり自分が成長できたように感じています。(といってもまだまだです。やっとスタートライン)

親の方も、少し考えを改めたのか、以前よりギクシャクとした関係ではなくなりました。

他人と付き合う時と同様、家族であっても、個人を尊重して、バランスをうまくとって接していくことが大切なことだと思います。

お互いに甘えが入ってきますし、なかなか難しいことです。

 

一人だと大変なことも多いですが、自分で考えて行動することが楽しくもあります。自分について新たな発見をすることもできます。

だいぶ慣れてきてたるんでいるところもあるのですが(笑)

少しずつ、自分の興味関心を広げていけたらなと思っています。

それでは。

継続は力なり。

風邪をひいてしまったのですが、なかなか良くなりません。免疫力が低下しているとか言われてしまったけど、なかなか難しいものがある……。

 

さて、やっぱり、継続できる人って何事においても強いと思うんですよね。 

勉強、スポーツ、ビジネス、はたまた恋愛?

成功した人は口を揃えて言いますよね。継続してきたから成功した、と。

成功のたった一つの秘訣は、継続することなんだと思います。

 

ずっと一つのことを続けるってすごいことだと思うんです。

僕には姉がいますが、姉は小さい頃から絵を描くのが好きで、今でもまだ描き続けています。なんで描くのか聞いたら、好きだから、って答えるんですよ。好きでずっと続けられるって、すごいです。

全然大したことない、って本人は言うんですけど、僕は尊敬しています。

 

僕には、考えてみたらそんなに長く続けていることはありません。

バスケットボールは小6から高3までがっつりやっていたのですが、人間関係に疲れて大学ではサークルにさえ入りませんでした。大好きなスポーツではあるんですけどね……。今ではたまにボール持ってシューティングするくらいになってしまっています。本当は試合とかやりたいですけどねぇ。気軽にやれるような友人がいないです。かつてのチームメイトと……っていうのは苦しいですし。(体力の問題はさておいて)

勉強は、唯一頑張ってきたとはいえ、そんなに結果を残せているわけではないです。大卒くらいですか。給付型の奨学金をいただいたこともありますが、1度だけです。

思えば、僕は頑張りが足りないのかもしれませんね。あと一歩というところで諦めてしまっているような……

 

なんとなく、自分が頑張っても、頑張りきれた、やりきった、という感じがせず、モヤモヤ感が残るというのはあります。

 

人は失敗を連続して経験すると、自信をなくしていきます。

自分はダメなんだ……と負のスパイラルに陥るわけですね。

そういった意識のまま何かをしようとしても、思考回路がダメダメ思考にあるので、また失敗してしまうと。

 

僕はその思考に陥ってしまっているのかもしれません。なんとか脱却したい。

そのためにはプチ成功体験を積み上げること、小さなことでも自分を褒めてあげることが大事らしいですね。自信に繋がってポジティブになれるとか。

自分を肯定する。とにかくヨイショしてあげようと思います。

 

昔から、僕は褒められて伸びるタイプだと自覚しています(笑)単純です。まぁそんなに褒められることもなかったんですけどね。逆に怒られると萎縮してしまいます。

人の怒鳴り声は苦手ですね。やっぱり家庭環境のせいかな……。そうでなくても、不快な人の方が多いでしょう。 

 

スポーツの世界だと、コーチが厳しくていつも怒鳴っている……ってこともよくありますね。

思い返してみると、うちのバスケ部の顧問の先生は比較的温厚だったとはいえ、他校の先生がめっちゃ怒鳴ってたんですよね。

あれ、選手も萎縮するし良くないんじゃないかなぁと思ってました。というか僕もびっくりするのでやめていただきたかった(笑)

 

少し脱線しましたが、何か一つのことを続けることは自分の自信に繋がると僕は思います。

このブログも、その一つの手段になるわけですね。出来る限り続けていきたいと思います。僕は飽き性で、三日坊主なところがあるので、そういう癖を改めたいですね。 

 

それではまた。 

普通じゃなくたっていい。

皆さんこんばんは。

僕が適当に気持ちを吐露しているような日記に、☆(いいね的なもの?)をくださった方、ありがとうございます。

今はとにかく心の中にあるわだかまりをどんどん出していこう、っていう感じなので、綺麗な文章にもなっていないのですが……お読みいただけて嬉しいです。

 

なるほど、はてなブログではこういうので交流が出来るんですね……勉強になります。

パソコンにも強くないですし、右も左もわかってない状態ですが、少しずつ調べて身につけていきたいと思います。(今はスマホのアプリで書き留めています。便利ですね)

 

僕は知識を持っていてもそれだけでは仕方ないと思っていて、実践や経験を積むことで意味のあるものになると思っています。

どんどん行動して、自らの血となり肉となるような……。その割にはチキンなので、なかなか自分の身になっていないんですけどね(汗)

2017年は、とにかく行動する年にしたいです。

 

アダルトチルドレンの傾向として、なかなか自分で決められない、というところがあるようです。

確かに、僕は優柔不断なんですよね。自分でも嫌だなぁと思っているところの一つです。

今まで操り人形のように生きてきたわけで、自分の意思というものが欠落しているために、なかなか決められない。

だから僕には、普通の人がすごいと思えます。自分の意思を持っている。好きなものを好きだと言える。嫌なことは嫌だと言える。やりたいことがある。趣味に没頭している。

世間一般でいえば、何の変哲もない、普通のこと、なんでしょうけど、僕にとってはものすごく脅威的なんです。

普通が羨ましい。

 

自分は他とは違う、と疎外感を抱いてしまうのもアダルトチルドレンの傾向の一つですね……。

自分は自分、他とは違うんだということを受け入れて、認めてあげることが必要のようです。認めてみたところで、やっぱり普通の生き方は難しいので、どうにかしないといけないっていう問題が浮上しますけどね。

 

普通とは違う、ってことを責めなくていい。それはそれ。ありのまま受け止める。じゃあこれからどうする?というふうに前向きに考える。  

自分の一個性だと考えてあげたいと思います。世の中色々な人がいますし、人生も十人十色。何十億人といる世界の中で考えたら自分の存在なんてちっぽけなもの。寿命も長くたって100年ぽっちです。好きに生きればいいじゃない。

一度日本を出てしまえば、全く違った環境に身を置くこともできますしね。(生憎海外に行けるお金が無いのですが……)

海外でなくても、地元を離れるだけでも見えてくる世界が違ってくるかなって思います。

また本当にどうしようもなくなったら、身一つで地方にでも行ってみようかなぁと漠然と考えています。

 

だから僕はやたらと世間一般、常識を押しつけてくる人達が苦手なんですね。自分は普通とは違うんだと認めているのに普通を押し付けてくるから。

でもそれを人一倍気にしているのは僕なんですよねぇ……なんとも( ̄▽ ̄;)

逆に、普通じゃないから、というのを理由に逃げ腰になるのは良くないと思うので、やっぱり「思い立ったら行動!」ですね。がんばります。

 

また脈絡のない話になってしまいましたが、今日のところはこれにて。

自分らしく生きるとは?

自分らしく生きるってなんでしょう。

僕はまだ自分自身のことがよくわかっていません。というか、空っぽなんだから、何もないんですよね。

よく、学校の先生や友人に、何を考えているかわからないとか、感情がないとか言われたことがあります。

自分の感情というのも、うまく表現出来ないんですね。知らず知らず無意識に抑えてしまうようです。

手放しに感情をさらけ出すのが怖いとでも思っているのでしょうか。それか、他人を信じていないから自分を見せられない。

家族相手にすらそういう節があります。無理に明るく振舞ったり。そういう役割だと思ってしまってたんですね。

 

太宰治の『人間失格』を読んだ時、非常に共感したんですが、主人公が家族に対して振舞っているあの感じです。

まんま僕じゃないかと。びっくりしましたね(笑)

 

周囲に期待されながら、その期待に応えようとずっと頑張ってきました。だから、成績上位をキープしたり、生徒会など学校代表となる役割を務めてきたりもしました。本当は人前に出るのなんて苦手で、好きじゃないんです。誰もやらないからお前がやれと言われれば、期待されてるんだからやらなきゃと勝手に思ってしまっていました。

期待に応えられない自分に価値なんてないという思い込みですね。

他人から見られることを極度に意識しているんじゃないかなと思います。他人のことなんて気にしたくないと思っているのに、人一倍気にしているのは自分自身、っていうジレンマです。

 

アダルトチルドレンは、機能不全家族に起因すると言われています。

僕の家族も、やはり機能不全家族です。

そんなに今では珍しくもないことかもしれませんが、当時の僕の周りにはそういう家庭はなかなかなかったですね。

特にうちはおかしいと思いますが、まぁ深くは言及せずにしておきます。

過去は変えられないとわかっているから、それを受け止めて、自分がどう変わっていくかに念頭を置こうと思います。(これが難しい……)

過去を憎んでも、もう仕方が無いんですよね。頭ではわかっています。

だから今、未来に目を向けたいと思ってはいます。

思ってはいるけど、具体的にどうしたらいいのかがよくわからないのです。

 

自分がやりたいことは?好きなことは?

興味関心も薄く、何かに興味をもつ、ということもほとんどありません。今まで、他人の期待に応えるためだけに生きてきたようなものなので、自分の人生を生きてきていないことと同義です。

 

些細なことでも自分の心が揺れ動くものに目を向け、大切にしていかなければなと思っています。まさに今、自分探しの真っ最中です。ここでも、自分の好きなことについて綴っていきたいですね。

 

僕がやってきたことはなんだったんだろう。

今まで生きてきた意味はなんだったのだろう。意味なんてあったのだろうか?

自分の存在価値がわからない。

自分が空っぽだったことに愕然として、ショックを受け、死にたいとしか思っていなかった頃に比べれば、今はだいぶ頑張っていると思います。

生きているだけで万々歳なんですよ。本当は。普通に生きてるだけで大変なんですから。かなりハードル下げてます。

でも、やっぱり気になるのは世間一般の目ですよね。固定観念とか。嫌ですね。そういうのに囚われたくない。こういうのは子供っぽいのでしょうか。これまで囚われてきたから、逃れたいと思っているだけなのに??

失われた時間を取り戻そうとしてるだけなんですよね。まぁ歳はとっていくんで痛いのかもしれませんが。

色々と、複雑で、面倒くさいですね。それでも向き合っていかなければならない問題です。

 

もっと楽に生きれたらいいなぁ。

 

 

はじめまして

はじめまして。蒼(そう)と申します。

まだ始めたばかりでなんだかよくわかってないのですが、とりあえず書いてみようと思います。

 

ここでは、あまりかたっくるしいことは抜きに、好きなことを好きなだけ、素直に綴っていく場にしたいと思っています。

だったら自分で日記でも書いてろという人もいるかもしれませんが、自己表現って自分のことを肯定する上ですごく大切だと思うんですよね。

それも、公開する場があって、共感したり反応してくれる人達がいるからこそ、他者の存在を確認して自分の存在も確認できる。自分を認める上で、他者の存在というのはかなり大きいことだと思うんです。

 

自分の中だけで綴る日記だと、自己完結してしまいますし、なかなかポジティブには終われなかったりしますしね。もちろんただ黒々とした不安や苦しみを書きなぐるだけでも、気持ちを吐き出すという意味のある行為だと思いますが。(実際自分自身に向けての日記は書いています)

 

まぁよく言われる、自己顕示欲ってやつなのかもしれませんけどね。

人間なら誰しも、認められたいと思っているものだと思いますし、自己表現をしていくことで自分らしく生きることが出来るようになるんじゃないかなと思います。

 

前置きがかなり長くなりましたが……(汗)

 

僕は今まで生きてきて、あまりにも自分を抑えすぎていたので、自分という人間がなんなのかよくわからなくなってしまっています。

しかしあっという間に月日は流れ、成人し、社会人という年齢に……

そして改めて自分の進路を考えた時に、僕という人間がからっぽであることに気付かされたんですね。

色々とありまして、社会で生きづらさを感じていた時でした。(大学へ行くのもしんどかったです)

当時の自分の状態を調べていて、あぁ、自分はアダルトチルドレンなのではないか?と悟ったのです。

 

自分らしさとはなにか、がわからない。

 

好きなものが何なのかさえも、よくわかっていませんでした。

自分ってなんだっけ?生きてる意味はあるのか?などと考えこみ、一時期うつ状態になりかけてましたね……(受診を考えたものの、怖くて受けていないのでそうとは言いきれませんが)

 

それからは自分らしさを求めて、自分というものの理解に努めているところです。道はまだまだ長そうですけどね。

自分らしさを大切にしようと思って行動していたら、自分にはジェンダーの問題もあるんじゃないか?という疑問も生まれてきました……こちらも向き合っていかないとです。

 

このブログも、自分を見つけるための一方法として利用していきたいなと思っています。

悪戦苦闘の日々が続いてますので、あまりポジティブハッピー!みたいな記事はないかもしれませんが、なるべく前向きに捉えつつ良い方向へ転がっていけたらなと思う次第です……。

 

背伸びせず、無理せず、自分らしくゆっくりと歩んでいきたいと思います。

 

甘えたこと言ってんなよ!と言いたくなる人ももちろんいるかと思います。(社会一般からの風当たりは強いですし)それはそれでその人の生きてきた中での大事な感じ方だと思います。むしろ自分の考えをお持ちで羨ましいですね。だからといってなんでもかんでも否定していいわけではないですが……否定的な意見も受け止めていかなければなと思っています。(心を強く持ちたい……)

 

同時に、僕のように悩んでる方、沢山いらっしゃると思います。ブロガーさんの中にもたまに見かけます。日本では怠け者のように扱われている節がありますし、大したことない、気の持ちようだなんて言われることもありますからね。周りになかなか言えないでつらいって方も(僕も周りには全然相談できていません。したところで軽くあしらわれます)。ぜひ、共感のコメントなどいただけましたら、大変嬉しいですね。お気軽にどうぞ。いつでもお待ちしています。

 

それでは、これからよろしくお願いします。